むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

スポンサードリンク

数学的帰納法を現実で暴走させる 同一視の論理に伴う哲学


 むぎょだよ。n番煎じの記事かも。

f:id:alwaysmugyo:20150926182106p:plain


 数学的帰納法、覚えてる?
 高校生のころに習ったっきりの大人もいれば、大学でばりばり使ってる理系もいるよね。

    1. P(1) が成り立つ事を示す。
    2. 任意の自然数 k に対して、P(k) ⇒ P(k + 1) が成り立つ事を示す。
    3. 以上の議論から任意の自然数 n について P(n) が成り立つ事を結論づける

数学的帰納法 - Wikipedia

 
 抽象的な説明すぎるから、天下のウィキペディアさんも同じページでわかりやすい例を出してくれてる。

高校の教科書等の初等的な解説書ではドミノ倒しに例えて数学的帰納法を説明しているものも多い。 P(n)を「n枚目のドミノが倒れる」の意味だとすれば、上の論法は以下のようになる:

    1. 1枚目のドミノが倒れる事を示す。
    2. 任意の自然数 k に対して、「k 枚目のドミノが倒れる ⇒ k+1 枚目のドミノが倒れる」を示す。
    3. 以上の議論から全てのドミノが倒れる事が結論づけられる。


 多分初めて聞いたけど、めちゃめちゃ理解できるねこれ。やっぱすげえわ集合知。

 この数学的帰納法、大学の数学科では三角関数に次いでごりごり使ったよ。解析・代数・幾何などいくつもの分野で頻繁に登場するくらいには重要な概念だ。高校生で習って正解だったよ。

 ただ、これを現実問題として適用することは案外難しい。代表的なのが「ハゲのパラドックス」ね。

髪の毛が一本もない人はハゲである。ハゲの人に髪の毛を一本足してもやっぱりハゲである。よって数学的帰納法により、全ての人はハゲている。

 
 聞いたことあるような話だと思ったら、普通にウィキペディアに記載されてたし、このジョークが古代ギリシャ発だってことに一番驚いたよね。今も昔も考えること変わんないね人間って。

 この矛盾は、ハゲの定義がはっきりしてないところから生まれた冗談だ。生意気な高校生が「やっぱ数学なんて使えねーな、習っても意味ねーじゃん」という一言に添えるにはぴったりのくだらなさ。数学的帰納法が間違っていて、数学そのものがくだらないという理由にしてはお粗末過ぎる。

 1の次が2であるとかないとか、そういうもっと根幹部分がブレない限りは、数学的帰納法は正しいと言っていいだろう。

 さて、一旦正しいと銘打った以上は現実世界に適用したくなるものだね。他の正しさもあることは鑑みず、空想の中でこの証明を楽しく暴走させてみようじゃないか。たった1つの抽象概念が拡張されることで、現実世界は大いに引っ掻き回されるだろうよ。

 


 まず、「価値観によって数字の大小が意味をなさなくなる」。「1円の資産の違いなんてささいなものだよ」という考えがある人にとっては、預金2万円のむぎょと世界一の大富豪、持ってるお金の量に差がなくなる。
「いいじゃん1円くらい」→「いいじゃん2円くらい」→……→「いいじゃん10兆円くらい」と続く。ここまでくれば大物っぽく見えるね。国家予算を越える資産を軽く笑い飛ばす人間って、マンガみたい。

 これだけじゃおもしろくないので、「微妙な違いを同一視できるなら、大きな違いも同一視される」まででっかく拡張してみよう。何事も極端にするとおもしろいってマンガの描き方に載ってたような気がする。

 その世界では全ての存在が同一だ。男も女も、子供も大人も老人も、貧者も富豪も、何にもない。むしろ、存在しているしていないの違いすらない。ハゲとフサフサを同列に扱えるように、全ての存在にはっきりした境界がなくなる。有機物と無機物の違いも些細なものとなるからね。人間の身体と空気の境目もわからなくなり、どこまでが自分の身体なのかわからなくなってくる。地球の大気と宇宙にも当然ボーダーはない。よって、個人は宇宙であり宇宙は個人となる。怒りも悲しみもない世界、といえば聞こえはいい。もちろん、喜びも感動もないけど。

 みんなが同じでないから生まれる苦しみは山ほどある。しかし、みんなが同じであるからこそ生まれる苦しみにも目を向けられるんじゃないだろうか。よくない概念と同一視される苦しみは、誰もが一度は経験しているのではないだろうか。
 オタクだからって必ずしも幼女が好きなわけじゃない、テニサーだからって必ずしもチャラいわけじゃない。

 ラベル付けは何よりもわかりやすい指標だからついついしてしまうけど、反例なんていくらでも出てくるし、因果関係がはっきりしてないのがほとんどだし。仮に反例がなくて因果関係がはっきりしていても、この先例外が生まれないなんて保証はどこにもないのだ。論理やロジックの類は、現実の存在によっていともたやすく不完全なものと化す。よって、この世に未来永劫絶対の法則というのは存在しない。現在は絶対というものがあっても、未来はわからないからだ。もちろん、この「絶対」も未来には解除されるだろうけどね。

 現実には、上記のセンテンスのような矛盾が溢れている。世間にも、周りにも、自分にも。科学や宗教は、「おおよそ正しい」論理で動いているに過ぎない。「おおよそ」から外れたものを考えないのは人間の悪いクセだ。無視し続ければ都合と効率がいい。正しいという言葉に乗っかるのはとても気楽だから、心の平穏を乱す「例外」に対しては強い拒否反応を示すことが多い。しかし一転して、自らが例外の範疇に放り込まれれば声の限りに権利を主張する。

 哲学とか考え方とかは良くも悪くも人間の道具で、クリスマスと正月を一挙に適用する日本のように、状況に応じて適宜カスタマイズするのが一般的になっている。好きな論理を組み合わせて自分だけの最強ロジックを組み立てよう! よくあるゲームアプリみたいになってるね?

 現実がゲームと違うのは、いかんせん各パーツの理解が難しいしスペック見えないし数が多いしで、自由度がとんでもなく高いことなんじゃなかろうか。数学的帰納法もそのパーツの1つに過ぎない。数学の事象を証明するのにめちゃめちゃ使えるけれど、一般人の生活ではてんで無用の長物。

 ここまで書いておいて何が言いたいかっていうと、ものの見方なんて人それぞれなんですよーという至極まっとうで月並みな意見なんだけどね。ほら、当たり前だと考えてた思想だって理解が浅かったりすることもあるじゃん? それも人それぞれなんだけどね。

 数字しか取り扱えなさそうな数学的帰納法も、こーゆーこと考えるのに役立つんだよっていう話だ。うん、やっぱり数学と哲学って似てる。





おわり

 

コミック 証明の探究 高校編!

コミック 証明の探究 高校編!

  • 作者: 日比孝之 ,門田英子,
  • 出版社/メーカー: 大阪大学出版会
  • 発売日: 2014/12/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 数学マンガがヒットしたら楽しい世間になりそう

 

 

 

※この記事は妄想を大爆発させるために、正確性を度外視した記述をしています。詳しいことは本を見るなり専門家に聞くなりなんなりお願い申し上げますー