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むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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すぐに始めて記録する 『「先延ばし」しがちな人の、キャパシティが小さい理由と対策。』を読んで


むぎょだよ。遭遇する水たまりが全部デカい。


テスト勉強が絶望的に進まない中、相も変わらずネサフ!ネサフ!ネサフ!たのちい!
こんな記事を見つけた。

wiz7.hatenablog.com


真実は人を傷つける。現実からぎょろぎょろと逃げ惑う哀れで愚かな私の瞳、それを覆う私の手を紳士的にそっと外して、鏡の前まで導くのだ。
それめっちゃむぎょ~~~~~っ(断末魔)


その瞬間、私は「それな」であった。同時に「わかる」でもあった。

仮にも有機生命体であるはずの私は、言葉と同一の存在になっていた。
今までは「それな」「わかる」と軽率に言葉を発する人格であるのが当たり前だった。しかし、この記事は脳みそだけならず四肢の先まで私を「それな」「わかる」というたった三文字の概念二つのみで満たしたのだ。細胞ごと頷く、そんな心地であった。


タスクの過大評価は私も薄々感じていた問題だったけど、それでも言語化できるほど理解してなかったよ。
 

 

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人は思い込みの中で生きています。
 人は自分の頭で考えているつもりであっても、見聞きする全ての情報から影響を受け続けています。長年培ってきた独自の色眼鏡というフィルターを通じて、自分の思い込みの範囲でバイアス(=先入観)にまみれた思考を繰り返すわけです。

 
特に初めて取り組むタスクなんかは、「やったことないから時間かかるのは当たり前」だからこそ、早め早めにスタートしてスケール感を把握した方が圧倒的に良いのよね。
「あ~やんなきゃやんなきゃ……でもこれ絶対時間かかるよ……もうちょっとまとまった時間あるときにやろ」ってなっても結局スキマ時間しか取れないまま締め切りを迎える。


スキマ時間に何やってるかといえば暇潰しなんだけども、なにぶんやるべきことがまだ残ってるから純粋に楽しめるはずがない。それでも、「今は何もできないけど、暇だと何かやらなきゃいけない気になる。暇潰しだとしてもこれはやるべきことだ、とるべき休憩だ」と完全に惰性だよね。

1.着手することで「タスクの実態」を把握する
 まず第一に、面倒だとプレッシャーに感じている仕事に対して「5分間だけ着手」してみましょう。

 

五分でも取り組むと、今の自分に何ができるかそこそこわかる気がする。「この情報が足りないから調べなきゃ」とか「もしかして:十五分で終わる」とかいろいろなことが判明する。
今までは、想像よりタスクが小さかった場合、「意外と楽じゃん! ラッキー!」とここぞとばかりに余った時間をダラダラするのに使っていた。それでおしまい。タスクが想定外に大きかった場合、は、お察し。


タスクを受け取ったその日に五分ほど取り組むっていうアプローチが良いかもしれない。計画をたてる前にやっちゃう。そのまま勢いでぬるんと終わらせることができれば、次の日なんかはもうそのタスクがなかったことになるんだから。

 

 

2.思考を記録し、認知・認識を修正する
 二番目の策として、「考えたこと、思ったことを記録する」ことがキモになります。
 長文で記録する必要はありません。慣れるまでは一言、二言でもOKです。

 
これは要するに「タスクをこなす前の印象とこなした後の事実を比べて、思い込みと現実のギャップを埋めよう」っていうためのものらしい。


過去の記憶をデータベースにすることで、自分の実力をフラットに眺めることができるのは大きな利点だね。あと百年ぐらいしたらそういう機能のあるデバイスが出来てそうだけど、今は自力でやるしか方法はないね。
自分の実力を把握するって結構難しい。どうしたってうぬぼれと卑下が入るから、それをいかに最小におさえるかっていうのは重要すぎるなあ。


タスクだけじゃなく、過去の出来事はごっそり忘れてるんだと思う。一昨日の夕飯すら思い出せないのなら、かつて誰と親しかったのか、どんな本を読んだことがあるか、どんな遊びが好きだったのか、など今の価値観を築いたであろう数多の人生経験がすこーんと抜け落ちているのは自明であり恐ろしいことだ。
難儀なことに、僅かに印象的なエピソードを除けば強烈な失敗体験しか残っていないという状況かもしれない。


人生の大半はうまくいかず、コントロールできない、つまらないことで占められている。人生まるっと「クソだ」と切り捨てることは容易だ。しかし、広大な虚無の砂漠に埋もれている砂粒のような幸せも確かに存在している。
無意識の世界へ追いやった砂という砂の中からそんな宝石を取り出して、意識できる領域へ引っ張りあげられたらどうなるだろうか?
草ひとつ生えない荒野ですら、薔薇色に染まることだろう。


経験というものは自分だけが持つ物語で、勝手に資源ごみへ出されるということはない。だけど、うっかり手放した瞬間に見えなくなってしまう。かと思えば、時々変なタイミングで本文が眼前に迫るなんてこともある。
どんな経験でも、書き起こして他人に渡せば誰かの役にたつだろう。だけど、どうしても読み返すことが苦痛なものはさっさと処分したいよね。自分で楽しむ分には、本棚にはとびっきりお気に入りのものばかり集めておきたい。
現実の書物は置いておくだけでそこにいてくれるけど、経験という目に見えない冊子は現実世界に何かしらとっかかりを作らないとあっという間に失せてしまうのだ。「楽しかった記憶をより鮮明に思い出す」という行いは、もはや何の努力もなしには保てないのかもしれない。


私たちが日々受け取る情報量をさばけるのは、どんどん忘れていけるためだからだと思っている。一旦忘れちゃってもまた思い出せるように、思ったこと感じたことをどんどこ記録していく行為がもっと一般的になればいいな。

 

経験を積み上げて己の実態と認識を最適化するためには、やっぱり何かをやるしかないんだよね。何もしないこともとても楽しいしラクだけど、それすらももっと楽しくできるならそれがいいよね。

たくさん何かをして、うれしいことをたくさん集める生き方ってサイコー!

 


じゃ、ここからは今日できためちゃくちゃうれしいことを。
大学の敷地で、でっかい水たまりに遭遇した。飛べるかな? 飛べないかな? 迂回するという手もあるのよ。
びしょ濡れ覚悟で飛んでみたら、意外とイケた。まあそのあと別の場所ですっころんだけどな!!!


飛べたんだ。

 

 

 


おわり

[クロックス] CROCS Malindi 10127 652 (Raspberry/W6)

[クロックス] CROCS Malindi 10127 652 (Raspberry/W6)

 

 これ履いて飛べた!