むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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マッドマックスFRには、「私だけのモヤモヤ」が少ない 物語における言語化できない不快感の謎


むぎょだよ。4月に書いた記事が70000PVってどういうこっちゃ。

この間、「マッドマックス 怒りのデスロード」字幕版で見に行ってきたよ。

メイキング・オブ・マッドマックス 怒りのデス・ロ?ド


アクション映画なんて普段見ないから、最初の方は脳みそがこれをギャグだと認識して笑いっぱなしだったんだよねガチで……人間ってそういうとこあるよね。途方もなく尖ったものを見ると関係なく爆笑しちゃうの。でも少しずつ慣れてきたらすげーエネルギーの詰まった映画だと分かって、座席に座ってる間はアドレナリンがぎゅんぎゅん身体中を駆け巡ってた。とにかくスゴい、と感じた私は勝手にスタッフへの敬意を表し、トイレ行きたいのを我慢しつつエンドロールを眺めた。あんまり読めなかった。
見終わったら見終わったでしばらく放心状態。ウィンドウショッピングとか全然できない、かといって映画の残像が残っているわけでもない。ただただ頭が真っ白で、感想でよく「知能指数が下がる」とか言われてるのはこんな感じなんだなーって後から実感したよ。
感想をぼちぼち検索していたら、いいことかいてあるツイートを見つけた。



これだよこれ、と頷きながらふぁぼったよ。
大筋のストーリー的には「ヒロインと仲間たちが暴力の嵐の中を行って帰ってくる」みたいな感じなのに、色々なサブテーマが詰め込まれてる。中にはとてつもなく難解で、他作品がメインテーマに据えてもとても難しい要素がたくさん。それにも関わらず、一本の映画作品としてきれいにまとめられ、エンタメの邪魔をしない。みんな気持ちよくヒャッハーできる。ああ、これがプロの仕事なんだなあと感心したね。

他の作品も、こういう観点で眺めてみるとおもしろいかもなーって思いました。

 


最近また再放送したサマーウォーズ
今回は「バケモノの子」の宣伝みたいなものだけど、今まで何度も地上波放送されてるってことはそれだけ人気のある作品ってことだよね。

サマーウォーズ 期間限定スペシャルプライス版(2枚組) [DVD]


ただまあ人によってはどうしても心にささくれ立ってしまう描写があることも。
詳しくはこのリンク参照。地上波放送のたびにリンクがまわってくるね

togetter.com


田舎の嫁のトラウマをさらっと掘り起こす様を見ると、「どんなささいなシーンも気が抜けないんだなあ」と考えちゃうよね。

マッドマックスジェンダー的な意味でもフェミニストを含む多くの人々に絶賛されてるのをよく見る。ヒロインがトロフィーではなく等身大の人間として描かれてる、搾取される女性の心理に詳しい専門家をよんでるからリアルなんだ、とかね。
私自身は、スタッフが特に「配慮しよう」と考えたわけじゃないと思ってる。「とにかくいいものを作ろう」とした結果的に配慮できた素晴らしいものが出来たのだろうとみなしている。
とにかく目立つ、目を引く作品を作りたいなら過激な表現、差別的な内容を増やせばいい。多くの人のアンテナに引っかかって話題にはなるだろう。しかし、それらの要素は確実に人を選ぶとわかりきっている。クライマックスでも気持ち悪い不快感を引きずってしまわぬよう更なるインパクトで上塗りしたりする。
マッドマックスでは恐らく、物語に没入できない要素を無駄とみなして極限まで削り取っているのだ。暴力と爆発とエンジン。それらの魅力を最大限に生かすべく、余分な贅肉を削いで濃度を上げている。専門家を呼び寄せたのも、推測ではあるが「違和感を払拭するリアルを求めて」のことだろう。エンタメの純度を極めた映画はいつのまにか、ポリティカル・コレクトネスの視点でも最高のものとなっていたのだ。


物語の中で「誰かの人権を一方的に奪い、人間扱いしない」ことはよくある。それが「悪」とみなされていれば特に問題はない。しかし、そんな大事件を誰も疑問に思わず、被害者自身ですら知覚することなく、ハッピーエンドで幕を閉じたとき。一部の観客に大きなモヤモヤが残ってしまうのは避けられない。「自分が気にしすぎているだけなのだろうか?」「凄く傷ついたのは自分だけなのだろうか?」「誰もおかしいって言わないんだけど」「この表現が当たり前のようにみなされたら困る」それが自分に卑近な問題だったりすると、作品の感動なんて紙細工の如く吹き飛んでしまうわけだよ。
もちろん、過激な行為そのものを題材として取り上げたいのなら度の越えた描写は避けられない。しかし、大概は客寄せのパフォーマンスやサービスだったりする。「物語を構成しテーマを伝えるにあたって必須条件である」ならば少しは受け入れられるかもしれない。マッドマックスはそういう細かいことを地に叩きつけてしまうほど圧倒的だけれど。

このブログで何回も取り上げている刀剣乱舞も一例に挙げられる。無断トレース問題は法律上の問題だけではない。
どんなに楽しいゲームでも、どんなにかわいくてかっこいいキャラでも、「ああこれは無断でトレース・パクられた絵なんだな」「盗品を売っているようなものじゃないか」と自覚した途端、すっと心が冷えていくような感触を知るだろう。倫理観の違いは、オタクの熱量すら一瞬で凍らせる威力を持っている。このサービスは来年まで持つだろうか。

私たちが日々消費している物語の中にも、誰かの尊厳を叩きのめしているものがあるかもしれない。表現の自由を振りかざす前に、せっかく楽しんでいたのにと邪険にすることなく、よくよく意見を聞いてからちょっと考えて欲しい。
物語が量産される時代において、全ての人を傷つけないようにするのは無理無茶無謀な話だ。私の想像力が足りてないだけで、マッドマックスも例外ではないだろう。
しかし、マッドマックスは「質の高さ」だけでこの問題を限りなく小さくできた。観客の内、最大数が満足できる映画を実現している。そして、これからの映画界は大変だろうなと思った。マッドマックスレベルの「モヤモヤのなさ」を要求されるからね。
言語化できないモヤモヤは言語化できないゆえに共有もされにくかった。しかしネットの発達によって、不快感すら共有できる時代になった。これからは、モヤモヤのある作品は淘汰されることだろう。テレビなどのマスメディアでは、神経質すぎると揶揄されるレベルでの配慮を求められるかもしれない。今でもとんちんかんなクレーマーが多いだろうに、気の毒ではある。
肉体の傷を考えなくてよくなった人々が、精神の傷を気にするようになる流れはわかる気がする。見当違いのクレームを発信する前にも、一歩下がってよくよく考える冷静さが求められるよね。(まあクレーム入れたくなるレベルの怒りから冷静になれというのは無茶かもしれないけど)

表現の自由という言葉が一人歩きしているが、本来は「報道や国家権力で規制されない」ためのものである。侮辱罪のレベルに達しなければ法律違反にはならない。
「傷ついた」「こんな表現は許せない」「これは必要な描写だ」「お前の心が繊細すぎる」色々な意見があるだろう。だが、それらの議論を建設的に行わなければ傷つく人間が増えるのみである。
物語が伝えるべくはテーマだ。関係ないところで燻る火があるのは製作者・消費者双方にとって不幸でしかない。



おわり(映画もっと見にいこうかな)

 

映画秘宝 2015年 07 月号 [雑誌]

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 こういう雑誌とかでも「もやもや」の問題取り上げられてるのかな?