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むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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習慣は惰性とか慣性の法則、あと空気抵抗の話(いずれもnot物理)


むぎょだよ。まだ頭痛がする。

このブログも開設してから半年を越えた。連続更新記録も十二回を数えることとなった。
生まれてこのかた、継続するという行動がとても苦手だった自分にとって驚くべき出来事だ。やっぱり文章を書くことが向いているのかもしれないね。

もう一つ、続けられているものがある。風呂掃除。
以前はひどかったもんだ、風呂掃除を弟と互いに押し付けあって母親に怒られるというマヌケっぷり。私もう成人しているというのに。結局いつもお風呂の時間が遅くなるというね。

習慣になったのも親から言われたことなんだけど。
「夕食後にやる」というルールだけ決めてゴシゴシやったよ。最初はちょくちょく忘れてしまうんだけど、一週間をすぎたあたりから忘れなくなって、今ではとっくに習慣化。
ご飯食べ終わってベットにごろんしても「アッ風呂掃除してねえ」っつって短時間で飛び起きるよ。

私たちは寝て起きてご飯食べてトイレ言って寝る。欲求に即した行動だけど、ルーチンワークが常にその欲求を満たすために動いてるわけじゃない。「行きたくねえ!」って思いながら学校や職場に行ってるのは生活の維持に必要だからだとして、「無意味だけど続けちゃってる行い」みたいなことってありません?

 


私は寝る前のTwitterでひたすらタイムラインの更新を五回ぐらいするときがありますね。そんな短時間で更新されるわけがないのに、「何かあるはずだ……」とひたすらスライドしていたり。うっかり一つの呟きが更新されたりするとさらに五回追加ですね。
あとはスマホのゲームをダウンロードして、五分でアンインストールしたりとか。チュートリアル後に一回遊んでポイでもまだいい方で、ひどいときにはチュートリアル始まる前にデータ消してるからね。自分でも意味ないな~と思ってますけど、この悪癖は一向に解消されないんだよね。

惰性という言葉がそれだよ。もう限りなく興味の薄れたアニメをBGM代わりにしろ一回流して、視聴をやめるという選択肢がないのと一緒。期待なんてこれっぽっちもしてないのに「何かあるかもしんないじゃん」という貧乏根性は、良く言えば可能性を信じて諦めない人、みたいになるのかねえ。
何かを始めるにはエネルギーが必要だけど、何かをやめるのにもエネルギーは必要。まさに慣性の法則
放たれたロケットは何かにぶつかるまで等速度で宇宙の外側へ進んでいく。一方私たちの歩みはロケットに比べれば実に止められやすい、空気抵抗という便利で忌々しい物理法則のおかげだ。
高校レベルの物理は空気抵抗を考えない世界。馬鹿にしているのではなく、抵抗を加味するとややこしくなって教えたいものも教えられなくなるからだ。
しかし、地球には確実に空気抵抗が存在するのであって。

同じく、人間のあらゆる行動にも物理とは関係ない抵抗が可視不可視関係なくあるのだろう。世間の目だったり、自分の弱さだったり、押し負ける理由ならいくつでも並べることができる。
行動における慣性の法則は、いつまでたっても動けない人間の最大の敵であり、小さな味方でもある。敵対していた頃はすさまじい強さだが、味方になると頼りなく見えるのはマンガでも良く見る。
いくら小さくても確実に味方になってくれるのだから、手を差し出してみればいい。結局はエネルギーが必要になるのだけれど、どうしても動きたいと願い続ける熱量をそちらに回せば問題ない。

人生山あり谷ありという言葉に惑わされているのであって、世界は限りなくフラットだ。壁やら高低差やらがイメージしやすいだけだ。大きな荷物でも車輪にくくりつけ、チョンと押せば動いてくれる。等速度でついてきてくれる。むしろ、等速度で歩き続けられなかったら、荷物に乗せてってもらっちゃってもいいかもね。



おわり虐殺器官読み終わりました)

 

30日で人生を変える 「続ける」習慣

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「習慣」のキーワードで本を探すといかにもてはやされているかがわかるね。

みんな考えたくないんだね。