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むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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教祖様と距離を置くことにした


むぎょだよ。扇風機が涼しい。

心が弱っていた時期があった。年末年始、私は自分の未来に絶望しきり、もう死んでしまおうとさえ思っていた。

そんな時に出会ったのがこのサイトだ。

あやえも



私は時折発作的に小説の書き方を探し出す時期があり、ここもそのルートでたどり着いたものだった。

ここのブログでは、物事の考え方・捕らえ方を実に明快に説明してくれていた。私はそこに書いてある一字一句に救われ、どんどんのめりこんでいった。

 


「現状を変えよう」、その言葉を信じて、退学を検討したことを両親に直訴した。

 

alwaysmugyo.hatenablog.com

 



結果は惨敗。一人暮らしがいかにお金がかかるかを説明され、自分の生活能力の無さにうなだれる結末になった。しかし、どうしてもだめなら留年してもよいという言質は取れたし、両親と正面から向き合って対話し、自分がいかに両親の考え方に洗脳されているかを知れたいい機会であった。

その後もあやえもん氏の言葉は私に力を与えてくれた。日々の活力であった。ブログの過去記事を二周し、彼の著作も何冊か買った。

自分も彼のようになりたい、そう願い、このブログでもいくつか実験のようなことをしてきた。

 

alwaysmugyo.hatenablog.com

 

 

alwaysmugyo.hatenablog.com

 




新しい季節はやってくる。そして、再び私の精神力が著しく磨り減る時期が来た。大学に行きたくなくて、暗雲とした気持ちが垂れ込めて、明日がやってくることがしんどくなる時期。

再び私はあやえもん氏の言葉にすがった。それが今月頭くらいの話になる。

そして今日、ブログ過去記事を全部見終わった。三度目である。

途中から、だんだん彼の言葉が内面に響かなくなっていた。のめりこみが浅くなっているのが、読んでいる途中でも分かった。

違和感を払拭できずに、とうとう本棚から一冊の本を取り出して読み始めた。

 

 



あやえもん氏とは次元がずれているようで、結構似通った話題を扱っている本だ。

ずっと彼の言葉だけを摂取していて、不意に別の視点が欲しくなったのかもしれない。

本の中で、「身体は思うより賢いから、身体感覚や直感に従え」というメッセージがあった。

これか、と思い当たった。

あやえもん氏の言葉を、感覚が「もういいよ、いっぱいだよ」と告げたのである。

それは飽きかもしれない。崇拝が行き過ぎた嫌悪かもしれない。

しかしこの感覚には覚えがある。オタクであり腐女子である私がジャンルを変えるときだ。

大概が「別の新しい、熱い、流行のハマれるジャンルを見つけて自然消滅」なのだが、稀に「特に他の作品にのめりこんだというわけではないが、ふと『もういいや』という感覚を最後に考えなくなっていた」という状況もある。しかしもちろん、その作品への愛が無くなってしまったわけではない。今でも大好きな作品で、時折思い出しては感傷にひたったりするのだが、「愛と妄想を示さなければ、共有しなければ」という焦りにも似た情熱がないだけだ。「……ああ、好きだなあ……」という穏やかな心へシフトするだけである。局地的には「成仏」と呼ぶこともあるらしい。

確かに今はあやえもん氏から距離を置く時期かもしれない。自分自身のシグナルがそう言っている。

だが、彼の言葉は間違いなく自らの血となり肉となっている。

ブログは必ず毎日更新されるので、それは見に行ってしまうかもしれない。しかし、またもや過去ログを一から読み返すということはもうないはずだ。

これから、言葉のインプットはあやえもん氏の外で行うことにしよう。今日はそんな決意を込めてこの文を書いた。

 

中村あやえもん様ありがとうございました、しばらくは離れますが、また今度。



おわり(オタ垢で繋がってる人が最近顔を出さないので心配)

 

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 この本も五回くらい読み返したよね……