むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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勝ち組になりたいなら遊戯王カードで遊べ! ~人生とカードゲーム~


むぎょだよ。風呂に入ると考えがまとまるね。


遊戯王こそ人生だ!」と言い切るほどの自信はないけれど、デュエルと人生って似通ったところが意外に多いんですよ。

それをちょっとだけでも伝えられたらいいなあと思うので、遊戯王が好きな人にも興味ない人にも読んでもらえたら幸いです。


カードゲームに必要なのはなんでしょう? カードの束、デッキですね。

ですが、長年の歴史を誇る遊戯王では実に様々なカードがあります。一見どうしようもなく弱そうなカードから、明らかに強そうだけど使いこなすのには時間がかかりそうなものまで。自分のデッキを組もうとすると、どうしても膨大なカードプールに向かい合わなければなりません。カテゴリーで縛っても、派生したデッキはさらにたくさんありますし、汎用魔法罠を入れるバランスなどもあわせればまさに千差万別。他人とまったく同じデッキなんて万が一にもありえない世界です。

そこで重視しなければいけないのが、「自分はカードで何がしたいのか」。

 


「勝ちたい」はもちろん、「アニメの再現をしたい」「とにかく攻撃力を高めたい」「相手をびっくりさせたい」など様々な動機があることでしょう。
全員が全員勝つことを考えてたら、当然みんな強いカードを使います。財力の許す限り、強カテゴリのカードをかき集めて戦うはずです。
しかし、実際はそうではありません。複数デュエリストを集めると、基本的にカテゴリも個性もばらっばらなデッキばかりです。カブりもまあまあありますが。

少なからず全員に「勝ちたい」という意欲はあるのです。「お気に入りのエースで勝ちたい」「このコンボで勝ちたい」「目指せワンショットキル」など、やりたい勝ち方が違うだけなのです。
勝率のみを気にしているのは、世界大会などを目標に掲げた人たちだけ。大概の人は、自分の好きな方法で勝ちを取りに行っているのです。
ひたすら勝利だけを狙っていくのが悪いと言いたいのではありません。勝つこと以外を許容する、他にも高めたいものがあるという価値観を皆が共有しているのです。

人生も一緒です。お金持ちや権力者になることだけが最高の勝ちではありません。
自分にとって何が重要で何が重要でないのかをしっかり見極め、それを目指すということが大事なのです。
他人の価値観に流されず、己の欲望にしっかりと向き合って、自分が何をしたいかの意思決定こそがスタートなのです。
勝つ方法は無限にあります。会社に入って出世するのも成功ですし、山村で完全な自給自足を達成するのもまた成功、勝ちなのです。
何が「勝ちか」を決めるのは自分の「価値観」なのです。

デュエルで勝つには、モンスターで殴り合って相手のライフをゼロにする方法が一般的ですよね。
しかし、それ以外にも方法がないわけではない。バーンで直接ちくちくダメージを与えてもいいし、相手のデッキ枚数をゼロにしてもいい。終焉のカウントダウンで20ターン逃げ切ってもよし。三体の神を生贄にして召喚した時点で勝てるカードもあります。
もちろん殴り合いより勝率はがくんと落ちますが、それでも絶対に勝てないわけではありません。ルールとして定められ方法が確立している以上、遊戯王に絶対はありえません。人間の作ったカードゲームである以上、希望は常に存在します。

仮に私が現環境での最強デッキを渡されても、動かし方を知らないので負けます。カードの特徴を細かく教えられても、やがて勝てるようになっても、そのデュエルは私にとってはデュエルではなく作業です。作業である以上勝ちなどありません。
私のZWホープデッキは、ぶっちゃけると勝率はそんなによくないです。二万円以上かけて作ったデッキですが、環境トップの展開力にはおいつけませんし、魔法罠には滅法弱いし、特殊召喚を封じられればあっけなく死にます。
それでも使い続けている理由を深く考えれば、それはひとえにゼアル主人公コンビへの愛と攻撃力の高さとしか言い様がないのです。あとは、ホープとダブルアップチャンスのコンボでアニメの再現をしたかったのと。それが私の価値観であり、以上の目的を達成できれば結果がどうであろうと勝ちなのです。

「どうやったら人生の勝ち組になれるだろうか」、人々は常に模索しています。そういうことを考えるようになったのは、人類が争うようになってきたときでしょうから、遡るとすると農耕が発達しだした時代ですね。確実に千年以上は経過しているわけです。
それでも勝つ人、負ける人が出てくる。さらに言うと、絶対に勝ち組になれる方法もまだ見つけられない。人類がどんなに知恵を絞っても、誰もが勝てる方法というものは未だ見つけられません。それもそのはず、勝者になるには対極である敗者が必要不可欠だからです。自分以外の他者に「敗者になってもらう」ことで自分が勝てるのです。
しかしそれは、「人類全員が一つの価値観の上で立っている」ことを前提とした絶望的な世界の話です。

お金は誰でも欲しがられるものですが、お金を使う人の価値観は各々で違います。「おいしいものをたくさん食べたい」「寝る時間をたくさん確保したい」「人の役にたちたい」それらの欲望を簡単に叶えてくれるので、多くの人たちがお金を欲しがっているのです。
多くの人々に、「とてもおいしい料理」と莫大なお金を選ばせるとどうなるでしょう。ほとんどの人がお金を持って行きます。そして、「おいしいものを食べたい」という価値観を優先する人だけが料理の方を取ります。
お金を持っていった人たちもかわりません。寝る時間を確保するためにハウスキーパーを雇い、人の役にたつために募金する人がいるというだけです。
お金は勝つために便利ですが、それ自体が目的ではないのです。
多様な価値観を許容する世界では、単純にお金の多さで勝ち組負け組を決め付けることはできません。身代金目当ての誘拐のリスクを考えるとわかりやすいですよね。お金があるほど狙われやすい、と。


使うカードを選ぶ行為もまた、人生において参考になります。
デッキ枚数のルールは40枚以上、というだけで上限がありません。枚数制限がないのなら、欲張って強いカードをたくさん入れたくなるでしょう。しかし実際、40枚より多くのカードを使うデュエリストは滅多にいません。キーカードをいかに早く引いてコンボを決めるかが勝負の鍵なので、カードをたくさんデッキに入れるのはむしろ逆効果。キーカードを引き当てる確率を下げる行為に他ならないからですね。
さらに、強いデッキと言われるカテゴリは大体「自分デッキのカードを墓地に送る」挙動を重要視します。デッキというカードの情報が不確定な場所から、公開される墓地へとカードを移してから蘇生やサルベージなどを行います。こうして、狙ったカードが手に入りやすくなるのです。デッキ切れのリスクを恐れない、デッキが切れる前に勝負を決めようという意志の表れですね。
上記のように、一見不利に思えるような行動が勝利に繋がるということはままあることです。
欲張れば身を滅ぼし、リスクを犯すことで勝ちに近づく。まさに人生、ではありませんか。


この他にも色々語りたかったのですが、本当に長くなりそうなので終わりにします。

 

要は、人生で自分のやりたいことをやるために遊戯王がヒントになるよ、というお話でした。

「勝ち組になりたいなら遊戯王をやれ!」なんて本があれば、社会人のおっちゃんたちも遊戯王初めてくれるだろうか……? もしそうなったらとっても嬉しいから、いつか書くかもしれません。


おわり(短文にまとめられない短所はなあ! 長文が書ける長所なんだよぉ!)

 

 バトルシティ編のカードが新しく出るから、懐かしいなと~思った人は買ったらいいと思うよ