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むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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退学を決意したときの手紙


 大学がしんどすぎて退学を決意したときに両親へ読ませた手紙をせっかくなんで晒します。6000文字くらいの短いやつです。

尚、現在は認識の甘さを自覚して退学以外の道を模索中です。この手紙は留年確定で追い詰められていたときに記したものなので色々周りが見えていなかったりしますのでご了承ください。

 

 

 お母さん、お父さんへ

 

 

 

 

 大学を卒業できそうにありません。

 これまでも授業に出たりテスト前はバイトを減らしたり、試行錯誤はしてきました。

 なんとか進級できそうだ、また終わったわけではないと自分を騙しながら学校に通い続けていましたが、つい先ほど絶望に至りました。

 その絶望は授業中どころか、昼休みにお弁当を食べる前にふと舞い降りてきたものです。これからおなか一杯になって満たされようとしているのに、気がつけばぼろぼろ泣いていました。

 そこで、どうして私は「金銭的にも身体的にも恵まれている」のに「どうしようもなく不幸であり絶望しているのか」を考え、今も目を潤ませながらキーボードを叩いています。

 直接お話ししたいのは山々なのですが、顔を突き合わせるとただでさえ情緒不安定な私はパニックになって本格的に泣き出してしまうので、文章というフィールドに引きずり込ませていただきます。

 これを読み終わったときは言葉でも文字でも態度でもなんでもよいので、反応をください。できれば同じ文章がいいです。長文でなくてもいいので、メールでもLINEでもいいので、どうかよろしくお願いします。

 

 それでは、まず私自身の半生について話します。私を一から育て上げたお二方には冗長かと思われますが、私とあなた方の認識をすり合わせるためですので、ご容赦ください。

 二人の間に生まれて、一般的な家庭で愛されながら育ちました。本当にありがとうございます。小さい頃に習ったそろばんや塾のおかげで、小学校と中学校では優秀な子供でした。マイペースながらも反抗期を発症せずに育ったという自負があります。

 高校に進学してからもなんとか平均的な成績を維持し、ギリギリで今の大学に進みました。しかし成績不振から好きな進級先を選べず、今は望まない数学科にいます。

 終わりです。短文で、ざっくりと過去を振り返りました。次に、現状についてお話します。

 はっきり言って数学コースでは落ちこぼれです。卒業とは別に、「四年生の必修授業を受けるために必要な単位数」があるのですが、それを取りきることができなさそうです。時間や金銭の制約を考えると、どうにかなる程度を超えています。

 サークルも卒業したので、現在は大学に対する興味・関心・意欲がゼロ、むしろマイナスです。はっきり言うと、授業の出席すらも惰性です。現状維持の姿勢を取り続けているだけです。

 

 もうがんばれません。疲れました。

 

 頭に詰め込んだ知識を一刻も早く忘れたいレベルのトラウマを、数学に与えられました。

 知っていますか? 数学は、一歩外に出れば宇宙なんですよ。授業はまだ地球上で行われているのですが、理解しようとすると即座に闇の中へ放られます。こちらから歩み寄ろうとしたら、とたんにブラックホールに吸い込まれるのです。タイトルに「入門」と書かれているのに、数式以外で語ろうとしないんですよ。

 しかし、数学コースには過去にたくさんの卒業生がいて、現在も少なくない人数が在籍しています。同級生は授業にも制約にも私と違いがありません。

 ではなぜ、私は卒業できないのでしょうか?

 一番に挙がるのは、私の「努力不足」ですね。家に帰ったらパソコンばかりしていましたし、やる気がおきないのでいつもベッドでだらだらしていました。お母さんは特によく知っていると思います。

 次に、「興味のない学部に入れられてしまったから」というのも挙げられます。

 学科選択は大学のシステムにより、成績上位者から好きな学部を希望するというものでした。数学コース、PCコース、芸術コース、その他にも色々な区分があります。数種類の中で、受験生のころから私はPCコースを選ぶつもりでした。パソコンが好き、というふわふわした理由だったのですが、定員が多めに取られていて、当時の成績なら確実に希望が通るコースでした。

 しかし、科目選択を控えていたちょうどその頃、「PCコースはしんどい」という噂を偶然聞いてしまいました。いつもなら知りもしない他人の話など聞く耳を持たないのですが、私はとてつもない不安に囚われました。この時点でも成績が下降していたので、辛い生活が怖くて怖くて仕方なかったのです。そこで、比較的負担が軽いと評判の「芸術コース」に希望を出すことにしました。学生の定員はぐっと減るので、よく考えたら通るはずもなかったのですが、当時の私はただただ恐怖に怯えることしかできなかったのです。二回の選抜で両方漏れて、数学コースへの進級が決まってしまいました。

 さて、上記の二つの理由のうち、後者ははっきり言うと言い訳です。過去の私だけでなく、見知らぬ人間にも責任転嫁をしている最低な言い訳です。誰かの声を心の中で何倍にも反響させ、勝手に不安になったのは私です。一年生の時点で高い成績を維持していれば、そもそも進級振り分けが失敗するはずもありませんでした。

 ですが、起こってしまったことは変えられません。

 

 挫折。人生初の挫折なので、受け身の取り方がわかりません。「ああ私は今転び始めているのだな、体勢は変えられずにこのまま痛い思いをするのだろうな」と空中で認識しながら、地面にたたきつけられる寸前です。

 どうしたら死なないのか。どうやったら痛くないのか。どうやったらもう一度立ち上がれるだろうか。私個人の問題であればどんなによかったでしょう。ですがそうもいかないので、一緒に悩んでいただけると嬉しいです。

 いの一番に考えなくてはならないのが、大学の問題です。学費はどうするのか、それによって弟の進路はどう変わるのか。考え続けましたが結論が出ません。拙いながらも情報を整理してみます。

 ご存じのとおり、私の学費は一年に百五十万円かかります。留年すると、足りない単位数によってもう一年分全額を支払うのか、五割から七割でよいのかが決まります。こればかりはわからないので、全額払うと仮定します。

 一方弟はどうでしょうか。私立文系だと一年間で七十五万円です。半分です。私が一度留年するだけで、弟は二年分の学費を失う計算になります。

 こうなると、まず「大学の価値」を調べる必要がありますね。

 私は三年間大学にいました。今までの四百五十万円で何を得たのかを並べます。

 筆頭はサークル。気の置けない友人、先輩後輩という繋がりは一生の財産です。他の大学では得られないものでした。

 次に、時間。成人してもまだ学生でいられる、この貴重な時間もまた大学生特有の財産です。特に制限も門限もなく、自由に過ごさせていただきました。

 もう一つ得たものがあるのですが、後述します。

 最後に、これからあと三百万で大学の学歴、新卒という立場が手に入るかもしれないのですが……本当に申し訳ないのですが、私はそこまで価値を見出せないでいます。

 というのも、立派すぎて身の丈に合っていないと感じるからです。そりゃあ社会に出るに当たって、見向きもされないよりは多少のハッタリでも持っていた方がマシでしょう。しかし私は自他共に認める不器用です。第一印象でハードルを最高値まであげても、いいことがありません。確かに小中と成績優秀で、県内トップの女子高に入れていただきましたが、大学でまったく通用しなかった実力が社会で役に立つとも思えないのです。

 そこで、提案があります。どうせふいにする三百万なら、どうか弟の大学四年間の学費に充ててほしいのです。

 あいつは学力こそ姉に負けていますが、私よりも意志が強く、努力できています。要領がよく、いつも笑顔で友達に恵まれていて、私にはないものをたくさんもっています。高校受験である程度の挫折も経験しているので、受け身の取り方もずっとずっと上手いでしょう。あなたたちの期待を裏切ることもありません。何より、留年のせいで資金が足りずに弟が高卒になるなんて、罪悪感で死んでも死に切れません。

 私はどうするのか。学費を払えない以上、取る道は決まっています。退学です。

 転科や休学という道も考えはしました。転科は二留以上が確定し、金銭的な負担が大きすぎます。休学は半期五万円でできますが、正当な理由がなければ許可が下りませんし、元来は復学前提の制度です。

 もう少しだけがんばってみる、心を入れ替えるという選択肢はハナから存在しません。自分にそう言い聞かせてきた結果が今の状態なのですから。

 多額の援助を受けながら、退学という思い切った道を私が進む以上、これからの展望についてお話しする義務が生じます。退学してからの未来を、人生観と幸福論を交えて説明します。

 何のために生きるのか。私の原始的な願いは、楽しく生きることです。そのためなら平気で我儘も言うし、努力からも逃げ続けます。したくないことに時間を割き、いやなことをひたすら耐え忍ぶ生活は、死んでいるも同じです。生きるというのは、「生物学的な人生の中で、心から楽しい時間を過ごす」意味であると考えています。

 まともな人生を歩んできたお二方には、受け入れがたい思考でしょう。自分の責任から逃れるための方便にしか聞こえないと思います。現実を見ていない、甘ったれた若者の考え方にそっくりです。しかしそれは似ているだけで、私が見据えているのはもっと根源的なところです。

 しばらくはフリーターとして、ネットでできるバイトを続けます。通信環境さえあれば手軽に続けられるので、週五の九時五時で働けば、必ず十万強は手に入ります。雑費の一万円を除外した全額を、奨学金、免許合宿の借金、携帯料金、及び生活費として納入することを約束します。

 しかし、バイトだけが私の生き方ではありません。キモは、労働以外の時間にあります。

 突然ですが、私は文章を書くことが好きです。サークルの広報ブログを締め切りに追われながら続けていたのも、文学の授業のためだけに別のキャンパスに通っていたのも、全ては「書くことが好きだ」というテーマに尽きています。

 小説の新人賞、シナリオ大賞、エッセイ、ブログのアフェリエイトkindleでの販売、等を色々試しながら、執筆だけで食べていける道を探します。今はネットがあれば作品の無料・有料公開はもちろん、広告・プロモーションも自力で行える時代です。資金がなくても実力さえあれば上り詰められる世の中になっています。

 自分が書いたもので、周りのものを変えるのが私の夢です。いつかそれだけで食べていけるようになりたいのです。

 そこでまた疑問が生じます。「そこまでがんばれるのか?」と。

 がんばりません。努力もしません。

 なぜなら、私にとって文章はがんばって書くものではないからです。

 また少し話を逸らしますね……大学のサークルでは、楽しい企画を行う際に欠かせないものがあります。

 会議です。たった一日の楽しい時間のために、忙しい大学生活の合間を縫って、当日の何倍もの時間をかけた会議を行います。授業が終わるや否やバスに飛び乗って、わくわくしながら会議場所に向かうのです。

 そこでは、「どうしたら企画がおもしろいものになるのか」を何度も何度も議論しながら、必要なコンテンツや物品、それに伴う経費などをまとめます。

 会議は基本的にだいぶ時間を浪費します。時に九時間を超えることもあります。それでも、誰も文句を言わない。自分の自由時間が減ってもお構いなしに、楽しい企画にする方法を嬉々として考えています。

 それはひとえに、会議が、企画が好きだからです。誰も、長すぎる会議に「耐える」ことなんてしていません。私たちはしたいから会議をしているのです。情熱は努力を努力と認めません、「好きなことをやっていたらいつの間にか仕事が終わっていた」だけです。自分のわきまえていた能力を超えるような仕事でもどんどん引き受けたくなり、新たにできることが増えたりもします。

 気づいてしまいました、生きるためにいやなことをする必要はありません。むしろ嫌いなことをするたびに「精神的な死」へ近づくことを、二十年生きてきて、ようやく気づいたのです。

 何度も言いますが、これは一生懸命生きてきたあなた方の神経を逆撫でするようなポリシーです。私よりも人生経験が長い以上、受け入れがたい考え方とは思いますが、私も真面目に考えています。どうかそのまま読み進めてください。

 この文章を打ち込んでいる間、両親に反旗を翻している事実からの苦痛以外は、辛いことなんてまったくありません。むしろ、ぐちゃぐちゃであふれ出そうな思考を整理できて大変心地が良いです。何の負担もありません。小説でも何でも、天から降ってきた着想とこれまでの経験を組み合わせ、長文としてこの世に顕現させるという行為は苦もなく行えます。

 書く能力は私の大切な財産の一つです。この唯一と呼べる宝を元手にして、私は自分らしく生きたいだけです。

 

 私が大学で得たもう一つのものを明かします。「自覚」です。好きでもない学問を押し付けられ、崖っぷちの状況で苦悶しながら、本当に欲しいものに手を伸ばすことができました。通常のルートで特に失敗せず就職していたら、私はいつまで経ってもなんとなく働いて、人生で真に求めているものを永遠に掴めなかったことでしょう。噂を通じ、私の不安を浮き彫りにしてくれた大学の誰かにも感謝しています。そして、数学という学問は一生好きになれる気がしませんが、存在自体はとてもありがたいのです。深遠なる数の宇宙は、負の方向とはいえ現状を打ち破る強烈なエネルギーを与えてくれました。

 受け取った力をもって、殻を破ります。一般的な観念からすれば「せっかくいい大学に入ったのにむざむざ中退したフリーター」としか映りませんが、私の人生では限りなく大きな、そして重要な一歩を踏み出しているのです。

 今までは「大学を卒業すればなんとかなるだろう」と考え、その後の具体的な未来なんてまったく思い浮かんでいませんでした。就職活動では「好きな仕事を選ぼう」と言われながら、会社勤め以外の道が塞がれていました。

 周りの価値観に振り回されて後悔したくはありません。どんなに未来が落とし穴だらけで絶望的でも、「好きなことができている」というたった一つの希望があれば、私は甘美な死の誘惑を退けることができるのです。

 

 警告するのが遅すぎる気もしますが、これは遺書ではありません。目の前にいなくても、私は必ず帰ってきます。死ぬ前の身辺整理のためにこの文を打っているのではありません。自由に楽しく生きるためです!

 いわばこの手紙は、告白であり、嘆願であり、宣誓であり、自戒であり、悲鳴であり、希望です。

 お父さん、お母さん、今まで育ててきてくれてありがとうございます。

 これからもよろしくお願いします。

 

 2014.12.14

 

 

 

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以上が本文です。不幸な自分に酔い過ぎて本当に現実がわかってない

書いた当初は本気でフリーターで生きていける気がしていたんだ……あんなにお金かかるとは思ってもみなかったんだ……あとは何故当然のように実家に寄生できる気でいるんだバカめ

 

こんなバカですがこれからもよろしくおねがいします

 

 

 

 

 

 

 

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