むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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三ヶ月の休職

社会人になって半年。
ある金曜日に出勤しようとするとどうにも気分が暗く、悪い予感ばかりし、自死を考える。
休むことにする。

月曜日に出勤しようとすると、メイクまですんだ時点で涙が止まらなくなる。
会社に連絡し、一週間の休養をもらう。

病院に行くと、薬の量を増やすよりまず休めとのお達し。
三ヶ月間休むべきとの診断書をもらう。

休職が決まってから会社にもう一度行って、産業医に見てもらったら「オーバーワーク」とのこと。
定時には帰っていたが、負担が大きすぎたらしい。

復職時には時短勤務や出勤日を週五未満にするなどの措置がなされるらしい。
ありがたい話だが、今はまだ復職する気がおきない。

会社や未来のことを考えないでいられるときこそ心の平穏が保たれている。
未来のことを見つめすぎると気分が悪くなってくる。

希望がない。
希望がない。
どうにかなってしまいそうだ。

月二のカウンセリングと月一の病院通いはまだまだ続きそうである。
自死の誘惑も収まりそうにない。

 

おわり

 

休職・復職―適正な対応と実務

休職・復職―適正な対応と実務

 

 

自分のファン暦3年の女の子に会ってきた話

 生きている間に、顔も名前も知らない人から「あなたのファンです!」と言われる確率はどれくらいあるのだろうか。有名人ならともかくとして、小さなブログを運営していただけの人間にファンというものはいるのだろうか?

 私には、いた。せっかくなので会ってきた。

 

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作る側と見る側をあっちゃこっちゃしたりお金がほしかったり長文を垂れ流している常々むぎょの雑談1700文字くらい

小さいころから本を読んで育った。

体力が全然なかったから、自由な時間はもっぱら小説を読んで過ごしていた。

誰かと遊ぶよりも1人で作品世界に浸るほうが好きだった。

ハードカバーの分厚いファンタジー小説を愛し、ラノベや漫画やアニメを愛し、なんでもありの二次創作とBLを愛し、脚本やシナリオを愛し、創作活動そのものを愛した。

いくつか短編をネットに放流し、大学の授業でも執筆し、同人誌も1回だけ作り、サークルのブログでも書き続け、この個人ブログの記事も100を越えた。

私は常に何かを表現し続ける存在なんだ、と疑う余地などなかった。

 

しかし、就職を機に状況は一変する。

社会での振舞い方やプログラミングを学んでいくうちに、創作の原点ともいえる劣等感だとか心の闇だとかが掻き消えていくのを感じている。

物語を妄想するのは大好きだが、いざ形にするのはひどくおっくうだ。そういう意味では、私は創作活動が心から好きではなかったのかもしれないし天職というものでもないのかもしれない。

アイデアだけは相変わらずたくさん出てきている。evernoteに書きとめた分だけでも相当数あり、頭の中にあるものや忘れてしまったものも含めれば膨大なデータベースとなるだろう。

書きたい、というどうしようもない衝動に突き動かされてキーをタイプしたりフリック入力したり……そんなことはこの文章でもう最後かもしれない。

そう、この文章は数ヶ月溜まりに溜まった鬱憤を晴らしているようなもので、私の生み出したい物語ではない。

しかしこういう文章だけなら何も考えずにカタカタ打てるから気が楽。Twitterと同じようにたれながしているだけだからね。

 


そういえば小さいころから「見直し」とか「反省」というものが嫌いな子供だった。

行動そのものに快楽が伴っているのに、どうして振り返らなきゃいけないのだろう。みっともない、なんでみんな「もっとうまくやろう」とするの?

要するにめんどうくさがっていただけなんだけど。

頭をからっぽにして言いたいことだけ喚き散らす、こんなにラクなことはあるまい。

ビジネスにしようと思うならちゃんと、というか整合性とか裏づけとかしっかりとらなきゃだし画像も見出しも必要だし……と考えてしまう。

しかし、そういうのはもうやめにしようと思う。

気張るから、見栄を張るから貧しくなっていく。

ありのままで素直に生きて、こういう自分から見ればゴミのような文章でも誰かが評価してくれるかもしれないと楽観的にみながら向精神薬を飲んで気ままに生きることがちょうどいいのかもね。

精神衛生上、がんばりすぎるとかハングリー精神とかはあんまり心の家に迎え入れたくない考え方だね。

がんばらないでだるんだるんな120%そのままの自分を見て褒めてくれたり銭を投げてくれる人がいるかもしれない。

はてなブログの有料プラン解除して、FC2の完全無料のサービスに切り替えようかな~と。

見知らぬ人が数十人見に来てくれるよりは、内輪でひっそりこそこそやるのが性に合っているのかもね。

 


またいつの間にかお金の話になっている。

今の会社ではわりと好き放題にぶらぶらさせてもらってるけど、やっぱり家から一歩もでない生活というものに憧れてしまうのが引きこもりというもの、なのです。

 

 


創作者とか作家とかより、観測者としての方が合ってるかもしれない。

物語を生み出す存在にはとてもとてもとても憧れているけど、実際にできるかどうかは違うよね。

お金大好きだけどビジネスを立ち上げることができないように。

書けない書けないともがき苦しむ日々も楽しくはあったけど、もうすこし気楽にやってみようかとおもいます。

 

私、何か新しいことを始めようとすると肩肘張っちゃうみたいなんで。

ワードやペイントで新規作成した真っ白な画面を見ると固まっちゃうタイプでもある。

姿勢を正してる時点で結構間違っているのにね。

本当に書きたいと思ったとき既に行動は終わってるんだっけ? ジョジョ読んでないからわかんないや

 

心の奥に詰っていた膿が、そろそろ薄まってきた。

これからはまた、真っ白なキャンバスの前で立ち尽くすただの人となるのだろう。

 

それでも、またいつか長文を垂れ流したくなったときのために。

ブログは続けようと思っています。

アフェリエイト収入まだ諦めてないし? www

いつのまにやら1700文字近くにもなってしまったので、ここらへんで。

 

おわり

 

心屋仁之助の「ありのままの自分」に○をつけよう (王様文庫)

心屋仁之助の「ありのままの自分」に○をつけよう (王様文庫)

 
「どうせ変われない」とあなたが思うのは、「ありのままの自分」を受け容れたくないからだ
 

 

ありのままの自分で人生を変える 挫折を生かす心理学

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 よさげ

 

生活保護を叩きたくない、むしろバンバン受け取ってくれ

生活保護を叩きたくない。

受け取った金でパチンコに行こうが競馬に行こうが、はっきり言ってどうでもいい。

私も、受けとることになっても漫画は買うだろうし。依存性はともかくとして、おんなじ「娯楽」のくぐりだよね。







生活保護を叩く人たちの考えがわからない。

もし将来勤め先が倒産して、失業保険もなくなって、頼れる人間もいなくなったとしたら?

生活保護以外に頼れるとこなんてない。

まさか、「自分は絶対にそうならない」とでも思っているのだろうか?

未来なんて、何が起こってもおかしくない。

もしお金がなくなったら、生活保護を罵倒したその口で申請理由を窓口に告げるのだろうか?

彼らは己の矛盾に耐えきれるのだろうか?

もし「私は生活に困っても生活保護を受けとりません」ってならわかるけど。

しかし、その信念は人に強制すべきではない。








別に聖人ぶってるわけじゃあない。

単純に、未来の自分を救ってくれるかもしれない法制度が消えてほしくないだけ。

私はあくまで「自分のため」に主張する。

生活保護を受けとることは、恥ずべきことでもなんでもない。




おわり

すぐそばにある「貧困」

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