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むぎょっていこう

むぎょの日常と遊戯王と腐女子ネタの長文。

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近況

薬を増やしつつ職場に復帰した。現在は週三日で三時まで働かせてもらっている。

周りの気遣いに押しつぶされそうになりながらも、なんとか働けている。

 

つらくはないのだろう。多分。

思ったより身体は動く。

ただ、心の内側に巣くった虚無感はいまだ癒えずにそこにある。

 

「しんどい」と言うのが怖い。

今度こそ完全に止まってしまいそうで。

一日中ベッドの中で世を恨みながら死んだように生きてしまいそうで。

 

文章で稼ぐ金はひと月二万を超えた。

独立にはまだまだ足りない。

しかし確定申告が必要な額に達するかもしれない。

 

 

時々何のために文字を綴っているのかわからなくなる。おかげで一日数百文字程度しか書けなくなっている。

駄作を書き続けるのも正直しんどいが、自分の特異性を発揮できる場所がそこしかないのだから仕方がない。もしかしなくても、文章を書くのは好きでもなんでもないのかもしれない。「他人と違うアテクシ」を演出するためだけかもしれない。一日中好きな風に生きられるという甘い幻想を維持する装置なのかもしれない。

駄文は雪のように降り積もり、もうすぐ50作品になるみたいだ。内容の進歩はまるでないけれど。

 

この世に存在することがこんなに大変だなんて思わなかったよ。

メンがヘラっている

誰かに委ねてしまうクセがある。

大事なことは一人で何も決められない。

中身がなんにもないからだ。

ただ純粋に好きなものなどなく、あるのはただただ汚い執着心のみである。

物語や小説といった文字の娯楽に対する、「私にも何かかけるはず」という無礼千万極まりない心である。

16000文字の短編ですら執筆できない、週に一度3000文字の駄文を綴り人様から金をまきあげている詐欺師である。

自分の綴る小説(と呼びたくないが便宜上呼ばざるを得ない)が好きでもなんでもない。萌えもしない、書いている最中はノリノリだったり苦しかったり色々あるのに、喉もと過ぎればというやつである。

巻き上げている金は月に1万にもならない。これでは生活もままならず、文筆家として生きていけるわけがない。せめて月に20万あれば、関東の端っこで一人楽しくくらしていけるのに。

何億もの金を欲してなどいない、といえばウソになる。仮に80まで生きるとすれば残り60年×12ヶ月×20万で1億4400万となる。

本当は30歳くらいで死にたい。むしろあと10年もいらない。果たさねばならぬ約束が年内に1つだけあるため(別名義で出版する本の表紙を頼んだ)、無事出版を終えやっぱり上がらない売り上げに落胆しつつ、2017年になった瞬間死んでも構わないとすら感じる。

 

家族は息災、寝床も食料もある、1ヵ月後に復帰する職場もある。大学中退野郎にしては恵まれすぎているとすら感じるのに。

 

幸せでないのはなんでだろう。

三ヶ月の休職

社会人になって半年。
ある金曜日に出勤しようとするとどうにも気分が暗く、悪い予感ばかりし、自死を考える。
休むことにする。

月曜日に出勤しようとすると、メイクまですんだ時点で涙が止まらなくなる。
会社に連絡し、一週間の休養をもらう。

病院に行くと、薬の量を増やすよりまず休めとのお達し。
三ヶ月間休むべきとの診断書をもらう。

休職が決まってから会社にもう一度行って、産業医に見てもらったら「オーバーワーク」とのこと。
定時には帰っていたが、負担が大きすぎたらしい。

復職時には時短勤務や出勤日を週五未満にするなどの措置がなされるらしい。
ありがたい話だが、今はまだ復職する気がおきない。

会社や未来のことを考えないでいられるときこそ心の平穏が保たれている。
未来のことを見つめすぎると気分が悪くなってくる。

希望がない。
希望がない。
どうにかなってしまいそうだ。

月二のカウンセリングと月一の病院通いはまだまだ続きそうである。
自死の誘惑も収まりそうにない。

 

おわり

 

休職・復職―適正な対応と実務

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自分のファン暦3年の女の子に会ってきた話

 生きている間に、顔も名前も知らない人から「あなたのファンです!」と言われる確率はどれくらいあるのだろうか。有名人ならともかくとして、小さなブログを運営していただけの人間にファンというものはいるのだろうか?

 私には、いた。せっかくなので会ってきた。

 

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